ただの映画日記

備忘録として映画の感想文を書いているだけ。

「TAR / ター」感想

2023.05.12 初回鑑賞

トッド・フィールド監督/アメリカ/2022年

 

 長かった。とにかく長かった。最近の映画って3時間とかあるのがどんどん増えてきてるけど、本当にその尺の長さが必要だろうか。よく考えて作ってほしい。アバターなんかはゆったりした部分があるからこそあの惑星や生き物の美しさってのを理解できるっていう意図があった気がするけど、今作は絶対もっと削れた。いや、ケイト様ファンとしてはこれ以上ないほどにケイト様のイケボとパンツスーツを完璧に着こなした立ち振る舞いがじっくり観られて良かったよ?でもそれがあったから成り立っている映画というか、ケイト様の演技ありきな感じはしたかな。よく言えば挑戦的な映画だったのかもしれない。

 

 冒頭にいきなり長々とクレジットを映してたから、もしやこれはエンドクレジットないパターンか?そういう意味の「衝撃のラスト」なのか?って色々想像した割には、いたって普通にエンドロールやって終わった。民族音楽から始まって、エンドロールでは作中に一度も出てこなかった電子音楽っていう対比があったから画面には統一感を持たせたかったのだろうか。よくわからん。

 あとはオーケストラの専門用語はかなり出てきた。自分はたまたま音楽的なことはある程度知っていたけど、知識がないと何を話しているのかわからないことも多いかも。

 オープニング終わって初めの10分ほど、ほとんど画面が変わらずにケイト・ブランシェット演じるリディア・ターの独壇場なの、本当に挑戦的だなと思った。話の内容が特別面白いわけでもないのに、ケイト様の圧倒的カリスマオーラだけで場が持っている感じ。その後もターのセリフがやけに長く続く場面がすごく多くて、下手したら語り部のようになりかねないところをケイト様がうまく強弱をつけて話していたという印象。

 

 大筋としては同性愛者の一流女性指揮者がキャンセルカルチャーによる起訴を受けてどんどん狂っていき、最終的にはベルリンの楽団を去り貧困国の大学で音楽のクラスの指揮を務める話。クラシックという古典を扱いながらも現代的なテーマを描くギャップ。現代の基準で古典的な芸術文化をどう評価していくべきか、とかいうタイムリーな話題も含まれている気がした。ひたすらリディア・ター一人をカメラが追いかけ、周りの人物については意図的にだろうけどほとんど紹介がないから、名前と人物を一致させるのが大変だった。

 リディア・ターは同性愛者で女性を博愛しているけど、音楽を評価する上で作曲者がどのような人物だったかを踏まえるのは理にかなっていないと思っている。その点についてすごく共感した。昔の作曲者が人種や性別の差別をしていたかどうかと、その人が作った天才的な楽曲には何らつながりはなくて、いわば「曲に罪はない」というやつだと思うんだよね。曲は曲として評価すべきということ。だからソロのオーディションでも誰が演奏しているかわからないように敷居の向こうで審査員に姿が見えないように演奏させているのであって。作った人が差別主義者だからと言って音楽を聴きもせずに批判するのは間違っている、と、芸術家としての価値観であればリディア・ターは非常に正しいと思った。

 まあその一方で芸術が、人間が生み出すものである以上はその人の人柄と切り離して考えることはできないよねというのも一理あるのだと思う。例えば最近ロシアのバレエ団が日本で公演をすることに対して在日のウクライナ人が反対しているインタビューを見かけたけど、バレエは素晴らしい芸術であるしバレエ団の人はロシア人であったとしても戦争に加担しているわけではないんだから日本で講演することに問題はないだろう、という意見は正しいけど、感情的に対戦国の人たちが世界で活躍するのは嫌だ、という気持ちも人間である以上は理解できる。

 さらには昔と今での文化や価値観の違いもあるし。どちらが正しと、簡単に白黒つけられる問題ではないんだけど、SNSとかはそういうのをはっきりさせる方向に助長する傾向があるから…

 そんな現代人の価値観による良し悪しの決めつけはキャンセルカルチャーと一緒になってターを責め立て、プライドの高い彼女は過去の過ちを認めようとせず、自分の音楽を信じている。そんな感じで世間から疎まれ狂っていく姿を演じるケイト・ブランシェットのまさに「怪演」といったら。ドイツ語と英語も流暢に使い分け、その上指揮する姿は正しくマエストロ。美人の女優がただ美しく棒を振ってるだけじゃないんだよ。指揮者としての音楽への情熱が、曲への解釈が、自分への信念がその指揮棒に乗っかっている感じ。圧巻だよ。圧巻。ホントに惚れ直した。もう何回でも惚れ直した。ってかタキシード最高。パンツスタイルに合いすぎ。最高。

 

 あとは音響がよかったなあ。ホールでオーケストラを聴いてもあそこまでの音量は客席まで届かない。つまりあれは指揮者が浴びているオーケストラの迫力。そして演奏以外では一切音楽がない。夜になると狂気じみた雑音が耳につき、眠ることができない。天才音楽家の耳って、きっとああなってるんだなあ。っていう体験。ホラーチックな演出も、ターの爆発寸前の張りつめた緊張感を助長していて観てるこっちは呼吸止まった。

 

 とにかくケイト・ブランシェットの演技と音響。この二つだけはとても良かった。ストーリーがすごく予想外かというと、個人的にはそうでもなかった。告発された有名音楽家の行く末なんてあんな感じだろう。なので予告でさんざん「衝撃のラスト」と謡っていた分ストーリーに対して期待値高めで観に行ったので、そこは残念だったなという印象。あと長すぎ。っていうか上映中に隣のババアが肘をこっちにずっと突き出してきてて最悪だった。ケイト様に半分ぐらいしか集中できなかった。