ただの映画日記

備忘録として映画の感想文を書いているだけ。

「ザ・ホエール」感想

2023.04.11 初回鑑賞

ダーレン・アロノフスキー監督/アメリカ/2022年

 

 良かったです。観ていて辛かったけど、ラストの盛り上げ方が上手で強制的に感動させられました。120分間ほぼ家の中や玄関先だけで完結する映像なんだけど、光の使い方が上手くてずっと一緒の絵面でも飽きない工夫がされていたのかなと思う。

 内容に関しては、人によって誰に共感できるかできないか変わってくるんじゃないかと思うけど、とても考えさせられる映画だった。見ている間中、フローリアン・ゼレール監督のファザーを思い起こしました。

 

 主人公のチャーリーはボーイフレンドのアランを亡くしてから過食症になり、高血圧や喘息でとうとう命に危険が及ぶまでになってしまった。今は大学でオンライン授業の講師を務め、アランの妹で看護師のリズに面倒を見てもらっている状態。自分の死期が迫っていることを悟ったチャーリーは娘との関係を取り戻すために、お金を払い宿題を手伝うといって娘のエリーを自宅に呼び8年ぶりの再会を果たす。エリーは賢いが学校の成績は良くなく、友達もいなくていろいろと問題を抱えていた。というストーリー。チャーリーは助かることを望んでいないので、結末は最初からハッピーエンドではないことが分かっている。

 ここからは登場人物に対する個人的感想だけど、主人公のチャーリーは自分勝手で無責任だとは思う。ゲイだろうがストレートだろうが実の娘より自分の恋愛が優先されるべきなのか、まあ何に重きを置いて優先順位をつけるかは人それぞれだし決まりはないわけだけど、少なくともそこの部分に対してチャーリーに共感はできなかった。でも彼はアランとの恋愛を諦められなくて、エリーと妻を捨てたことを間違いだったと分かってもいて、そういう葛藤や自己嫌悪が過食症につながってしまったと思うとやるせないという可哀そうというか哀れというか。アランが死んでからは娘が昔書いたエッセイだけを命綱にして生きていたような感じもあって、本当に観ていて辛かった。貯めたお金を娘に残すために、リズに迷惑が掛かっているのもわかっていて口を開けばsorryなのに病院には行きたくない。長く生きることをあきらめて、最後に娘との関係だけは取り戻し、自分が死んだ後のことはすべて母親任せ。「死ぬ前に、娘がいい子で、自分の最高傑作で、人生で一度だけ正しいことをしたと信じたい。」っていう考え自体がやっぱり利己的ではある。傍から見ている分には、ただ、そういう人生を送る人もいるんだな、という感じ。みんながみんな強く生きられるわけじゃないし、何もかも放り出して短い命を選ぶのもその人次第。でも映画のセリフにもあったように、人は周りの人を気に掛ける生き物だから、身近な人はそんな風には割り切れないんだよね。リズも元妻も本当に気の毒だった。

 

 タイトルの「The Whale」はエリーが昔書いた読書感想文の内容から。「船長がある白鯨を死ぬほど殺したがっていたけど、鯨には感情がない。ただ大きくて海に浮いているだけ。だからその船長はかわいそうだ。白鯨に関する描写が長くて退屈だった。主人公のほの暗い人生の話を先送りにしている。でも考えさせられる文章だった。」みたいな感じのエッセイだった。それを最初に部屋に入ってきた宣教師のトーマスが読み上げる描写と、最後にエリーが読み上げる描写の対比が美しかった。あとエリーが8年ぶりに父のもとを訪れて「自分の足で立ってここまで歩いてきて」というも転んでしまうチャーリーと、最後エリーの朗読に促されて立ち上がるチャーリー。雨と晴れ。夜と昼間。そういった対比で主人公と娘の間にある感情が表現されていたのは素晴らしかったと思う。主人公は最初から死ぬとわかっていて希望を持たせないストーリーだったのに、最後はしっかりと盛り上げて終わったのがよかった。チャーリーはアランを救えず、宣教師はとリズはチャーリーを救えなかったけど、エリーは宣教師を救った。人は誰も救うことができないのかという問いに対して、きっと自分の娘はトーマスを救ったのだという答えを抱えて死ねたチャーリーにとってはそれなりにハッピーエンドだったのかな。

 

 出演者はすごく少なかったけど、全員演技が本当に際立っていたなと思った。特に主人公のチャーリーを演じたブレンダン・フレイザー、全身に特殊メイク(?)して、ファットスーツは5人がかりで着脱するほど重かったそう。そんな状態で何日も撮影して最後まで深刻な病状を演じ続けたの凄すぎる。呼吸一つ取っても実在する人物の苦しみにしか見えなくて、途中ドキュメンタリーでも見ている気分になった。リアルな表情や体形を演出できるように3Dプリンターやデジタルの技術が多用されていたみたいですね。やっぱり技術ってすごいなあ。

 チャーリー以外の人もみんな熱演で、特にエリー役のセイディ・シンクの反抗期の16歳っぷりがすごかったし可愛かった。ちょっとダークな表情も彼女の闇の部分みたいなのが垣間見える感じでよかった。

 

 音楽もよかったなあ。鯨を彷彿とさせる超音波での会話のような音に混ざった優美なメロディ。クライマックスの盛り上げはそれこそほぼ音楽の仕事だった。あと衝動的に暴食に走ってしまうシーンも、画面の暗さと不穏な音楽のせいで食べ物が全くおいしそうに見えなかった。

 あー、なんかすごく後に引く映画だな。生き方とか社会とかについて考えてしまう。そういう意味では本当にアカデミックな映画だなと思った。最初、肥満とかゲイとかアジア人とかずいぶんポリコレ色の強い映画だなって思ったけど、そんなことは全然関係なくて、誰にでも共感できたり当てはまったりするメッセージ性の込められた映画なんだなと思いました。