2023.01.21 初回鑑賞
フローリアン・ゼレール監督/イギリス/2021年
泣いた。辛い。家族愛が深いだけに切ない。
認知症を患った父と世話する娘を、父の視点ではないんだけど彼の時間・空間の感覚に沿って描いたドラマ。エンターテイメントとしての映画作品ではない。でも認知症になった時の混沌とした認識を視聴者に疑似体験させるのに、これ以上ない程上手な脚本だったと思う。
知らない人が突然自分の家にやってきて娘だと名乗り出す、そして次の日には別の人が娘になっている。覚えていられなくて時間が飛んだり、何度も同じ場面に遭遇するような感覚に陥ったり、幻視や幻聴も。日常の出来事に連続性が無くなって、場面を切り貼りしたような毎日。しかも初めは自分が認知症になりかけているという自覚もできない。そのおかげで娘やその夫や介護士の人たちに迷惑をかけてしまうのすら自分にはどうしようもない無力感。段々と周りも自分も何もかもが認識できなくなっていく恐怖。気づいたら娘は遠くの国へ行っていて、自分は施設で一人。認知症って脳神経に関する症状だから一度患ってしまったら治療法がない。認知能力を失われていく一方の状況って、絶望しかない…最後の子供のように母親を呼びながら泣き始める姿があまりに切なくて、全私が泣いた。アンソニー・ホプキンスの演技力化け物でしょ……
介護する側も、物理的な大変さだけではなく精神的な苦痛が大きすぎる。自分を育ててくれた親が自分のことを忘れていき赤の他人に接するような態度になる上、本人は自覚がないから何故自分が要介護者のような扱いを受けなければならないのかが分からず当たり散らされるばかり。娘としては実の親だからなるべく自分で世話をしたい気持ちもあり、でもやっぱり周りから見れば自分の人生を犠牲にしすぎているとしか見えず、ハッキリと言う夫は大切な存在だったと思う。服をうまく着れなくなった父を見るアンの悲しげな表情が胸に刺さりました。オリヴィア・コールマンの演技力化け物でしょ……
本当に、脚本が良くできていた。序盤、誰が本当の娘で誰が娘の夫なのか、娘は結婚しているのかしていないのか、パリに行くのか行かないのか、何が本当なのか分からず全員が怪しく見えてくる感覚に陥って、ああ、これが認知症というやつなのかなと。映画という切り口を上手く利用した作品だった。